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サザンクロス(南十字星)の見守る2つの島国(NZ & トンガ)

 4月はじめ、東京の桜吹雪の頃、北理事長、本田氏(RCAクラブ)、と景山(筆者)は赤道を越えて南南東を目指す機上の旅人だった。Air NZの機内誌をめくると、そこにはオークランドで移住、企業、留学等をコンサルタントするイーストウィンドの広告が大きくある。10年目を迎える日本人社長トム田中氏、、、、どんな人だろうと、翌日の会合に思いを馳せつつ、サーブされたNZワインのなんとも心地よい香りと味に包まれて、もう気分はNZだった。豊かなワイナリーが広がる緑のまるで、島中(NZは日本の本州くらいの面積)が国定公園のような美しい写真を眺めながら、ひと眠りすると(11時間)私たち3人は、オークランド空港に降りたっていた。

 オークランドでは3校(語学学校とカレッジ)と1社(留学業者)を行脚し、RCA試験の説明と実施の要請をした。すべからく、「留学アドバイザー試験」は素晴らしいプロジェクトであり、積極的に独占契約をしたいとまで申し出る学校もあった。私たちの目的は、野望と思われようが5月のオークランドでの試験実施と、最近ジュニアからシニアにまで人気のNZの学校視察であった。学校というものは単独で存在出来るものではなく、地域社会の空気を吸って息をしているはずで、オークランドのようなアジア系とポリネシアン系、と白人系が共存共栄している空気は肌で感じられた。日本人学生も多く、みな一様に平和な(少なくとも東京の学生よりは)学生生活をエンジョイしている様子だった。治安や英語の正しさ(豪州に比較して)等を考えて、暮らしやすいNZが人気なのは当然だろう。

 学校にはそれぞれ個性があり、日本人の多いグローバルな展開をしている企業色の強い学校、最初に語学学校を創めた由緒あるアットホームな学校、シンガポール人、マレーシア人、香港人、中国系が多い学校、古風なグラマースクールのようなレンガ作りの美しい校舎を誇る学校等々それぞれだった。各学校の責任者に会うと、その特色が如実である。ある語学学校の担当者(白人)は子供が現在、日本に留学中とか、、、ある学校の校長は誇らしげにマレーシアの上流階級の子弟を預かっていると、、、、ある校長は現在建築中の教室を案内してくれた。皆一様にこの国の教育部門従事者は真面目な実直さを与えてくれた。この国の国民性や文化にも通じるのだろう。そして、予想以上に日本人学生(ワーキングホリデーを含む)の数の多さには改めて認識を新たにした。

 アンビシャス(野心)志向の強い方は米国NYや、より文化の洗練を求める方は欧州パリなどを目指されるのでしょう。しかし、漱石の昔から日本人留学生は辛苦してきた。目に見える(あるいは見えない)白人社会の壁にどうしても行き当たるのは今も同じ。でも、ここNZは少しその辺のストレスが薄いような気がする。なぜなら環太平洋地域の一員であり、アジア人無しに国は成り立たないから。西洋文化の基礎、聖書には「鳩のように素直に、蛇のように賢く」とある。日本人には後者がどうしても甘い。でもここは性善説のまかり通る国だと、在NZ10年の田中社長が申されました。そういえば、理事長が叙勲の時に、記念に出版された「世界みてある記」という奥様が書かれた、ご夫妻で巡られた国々の書にも、NZで、奥様は30万円入りのお財布とパスポートを落とされ、意気消沈してらしたら、なんとそっくりそのまま届けられたとか、、、、これは実話(17年前)です。もしかしたら、この国は日本人にとても相性の好い国なのかも、、、。

 街角の食堂で、アジアンレストランがありました。マレーシア、シンガポール、タイ、インド、日本、韓国、インドネシア料理が安く美味しく食べれる。白人も器用にお箸で食べている。その姿はNYの日本食店やロスの寿司バーで見る白人の姿とは違うように思えた。白人種の窓枠から、自分たちの椅子にゆったりと座って日本を眺めている態度ではなく、自然に自分たちの文化の一部として取り入れている観がある。この国の移民文化は英国とオランダが多いそうだが、数百年も前から海を越えた人たちの文化は今やっと、自然に有色人を受け入れつつあるのかもしれない。 

 いよいよ、注目のイーストウィンドを訪問。トム田中社長にお会いし、意気投合、トントン拍子に計画は進み、なんと5月にRCA試験をオークランドで開催する手はずになった。「渡りに船」とはこのことで、彼はオークランドで「よろず相談所」的な場も日本人に提供し、留学生に実りある成果を与えるべく「介護」と「医療通訳」等のセミナーも開催し、語学留学生に何かの資格を与えてやりたいと模索中だったのだ。天のお引き合わせ(志同じ者は千里を越えて引き合う)だろう。田中社長の個性豊かな経歴と人物像はまた別の機会に紙面を使ってご紹介しましょう。というのも、私と理事長は先を急がなければならない。翌早朝4時に起床し、トンガ行きの便に乗らなければいけなかったからです。

 オークランドからジェットで2時間半、トンガタプ(何百とある島からなるトンガ王国の首都)の鄙びた空港で、第二回留学アドバイザー資格者の後藤敏行氏が待ち受けて下さった。真っ黒に日焼けし、腰には現地独特の植物で造ったタオバラという腰巻(正装)を巻いて佇む姿は、東京でお目にかかった面影はなく、誇り高き伝統的ポリネシアン男子という風格だった。

 トンガ王国王室庁国王庁トンガ伝統文化委員会事務局でトンガの伝統文化資料のデータベース化の任を受け、JAICAシニアボランティアとして単身赴任されて1年だ。現役時代は米DCで日本大使館内日本語学校事務局校長補佐。米国通でもある。教育者的なキャリアを生かして、日本語と文化の普及に天職として取り組んでらっしゃる。彼の仕事振りは迅速かつ正確、誠実なので、王族や貴族(立憲王制)にも評判が良く、ヴォー伝統文化委員会事務局長との会合もアレンジして下さった。
 
 トンガというと、日本人にはお相撲さんとラグビー選手とかぼちゃ、昨年の名古屋万博、政治的には意外にも、日本の常任理事国入りに消極的であった(その一方、中国人の進出は地元人には不人気)等の僅かなものである。大臣は名古屋万博にも行かれ、また日本での会議にもよく出席されており、大変な日本びいきだ。日本の労働倫理やソロバンや日本語の教育にも熱心にサポートしてくださっている。また、日本のODA予算で学校や病院、道路、水道が出来上がってるせいか、日本人は大好きというのは、往来で日本語でニコニコ挨拶されるので実感できる。ここで、他の南海の島国との違いを述べなければいけないでしょう。ハワイやフィージーやニューカレドニアやタヒチ等々、デラックスなリゾート開発が進み、先進国の観光客や宗主国の保護で成り立っている国ではないということ。誇り高きトンガ人には幸か不幸か、ここはまだいわゆる先進国に荒らされていないのだ。

 つまりそれは貨幣経済が確立してないことを意味し、土地はすべて王族、貴族の所有で、チーフと呼ばれる領主(名主)が管轄している。人々はいわゆる世界の情報からも遠い。シェアの精神(大家族制)で、ほぼ100%が敬虔なクリスチャンで教会は人々の精神と生活のすべてを握っている(教会を中心に暮らしている)。もちろん、皆一様に(一部の支配者階級以外)貧しい(でも飢えはない)が、みんなが一様にシェアの精神で一族郎党がまとまっているので、秩序があるのだ。だから、驚くことに、日本人だからとボラレないし、ガツガツしてないのだ。治安は極めてのどかに平和であり(一部にはひったくり等はあるが)、情報の氾濫した先進国や先進国のあおりを受けている第三世界の混乱はここでは無縁なのだ。つまりここは口コミ情報中心の社会なのだ。
 特にお隣のメラネシアン島フィジーのような開発にも興味が特にないらしい。開発が進むと、治安が悪くなるからと、、、それと、この国には努力というトンガ語より(英語にも我慢という日本語にぴったりの言葉は無いが)、楽しむという言葉のほうが豊富なので、先進国の発展には興味が沸かないのだろうか。それでも、海外送金(多くの出稼ぎ者)でまかなってる家族も多いので、他国の情報はあるにはあるのだろうが、それより、教会で朝から晩まで賛美歌(これがものすごく綺麗な歌声)を歌って、日曜法(商売はもちろん家庭での洗濯も厳禁)の下、家族と集い、お金は無くても、カバという現地の自家製焼酎のようなものを座して、回し飲みして、楽しく語らい歌い笑い、、、そして死んでいく。葬式は最大のイベント(?!)であり、最低1週間は一族が近隣の人たちと食べて飲んで集合する。往来でよく黒い上下のいでたちに腰巻(麻のような植物で編んだタババラ)を巻いた人を見るが、縁者が亡くなった喪を現しているそうだ。
 こちらの人は若くても突然コロンと死んでしまう(多分、生活習慣病や成人病や肥満)ことがあるらしい(王族でも)。だからいつ死ぬか判らない人生、、、ガツガツ、アクセクはしない。まことにもっともだ。なんて賢い生き方だろうとすら思う。
 そんな素朴でオープンでホスピタリティ溢れる国にも、不穏な影はある。広場に王制側か民主側かと問う垂れ幕がかかっていて、現国王(NZの病院に入院中)のようなカリスマが、後継者にいないのか、暴動が起こるといううわさもある。きっかけは高齢の国王の死だろう。ただ、この国の暴動はお隣のフィージー(ここも貧富の差故の暴動が危惧されている)とは趣が異なるのかもしれない。その根拠は、軍隊はあるにはあるが、儀衛隊のような役目を果たしていて、戦闘体制に備えているように外国人には見えないし、市民みんなが知り合いで和気アイアイとした感じだからだ。
 それから、道で数名の囚人を荷台にポンと乗せて護送してるトラックを見た。何一つ手錠も鎖もなく後部荷台に数名楽しげに乗って手を振ってた。逃げないのかと聞くと、逃げてもすぐ捕まる(島が小さく皆顔見知り)からだ。因みに殺人事件は1件今年になってあったらしい、交通事故者はまだ3人で、道路信号はひとつもない。5F建てが一番高い建物で、一番良いホテルのテレビは壊れているそうです。以前は英国王室からクイーンや女王も尋ねて来た。秋篠宮夫妻も。トンガの元首相(貴族)は英国からバロンの称号をもらってもいる。

 帰国の前日、神聖な動物とされるこうもりの集まる木を見た。このこうもりが移動して違う木に移ると、王家の誰かが亡くなるとう伝説があり、また実際に不思議にそうなるらしい。後藤氏曰く「あー、まだ国王は大丈夫、僕の赴任期間あと1年はこのままでいてほしいな」と。その日の夜、町一番のパブに連れていって下さった。白人の経営するなかなか好いレストランやパブやカフェはある。生バンドもある。音楽的才能は高い、六本木のパブなら一番の音楽だろう。トンガダンス(フラダンスとは明らかに違う)には勇壮で誇り高いものを見た。そして見事な肉体美の人たちだ。この私の拙文をご覧くださった人の中には、あーうらやましいなと多少なりとも感じられる向きもあられるやも知れません。そういう方は多分に今現在に、お疲れ気味でらっしゃるのでしょう。そんな文明社会の落ちこぼれ否、逃避者の白人もたくさんパブにたむろして南十字星の下、美しい音楽に酔って夜は更けていきました。理事長は休日の市場で現地の音楽CDをお土産に買われた。私も子供のお受験に悩む友人にひとつ買った。

 幸せとは「たとえすべてが理想的でなくても、充足感に浸れる能力」であり、悲しみとは「真に価値あるものを見極められない状態」でありましょう。この辺で長くなりまして失礼します。トンガの空気に触れますと、努いて最後まで遂行することに意欲が薄れて参りまして、、、、次回に「トンガの日本語教育と日本の若者のボランティア活動(JAICA)」の詳細を報告させていただきます。

景山誓子
 

 
 
 
by rgkk | 2006-04-14 11:56 | リレーエッセイ
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